糸島芸農のお手伝いをしてきた

知人のつてで糸島芸農というイベントのサイト作りのお手伝いをさせていただいた。
糸島国際芸術祭2016 糸島芸農

糸島芸農は国内外の作家が集まり糸島二丈松末地区で作品を展示する芸術の祭典だ。

店番のお手伝いもさせていただくことになったのでお手伝いに行ってきた。
あいにく車が使えなかったので電車で行くことに。
一貴山駅で下車。
一貴山は遠い印象だったけれど、印象よりはるかに近かった。
筑前前原駅から電車で8分くらいだ。

そこから歩いて会場のStudio Kuraまで。
徒歩で15分ほどだ。
田んぼが広がるのどかな道が続く。
途中で面白い田んぼを見つけた。

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自分の担当は第2レジデンスで外国人の作家さんの作品が展示してあるところだ。
場所と時間しか聞かされていなかったので、とりあえずスタッフっぽい人を探して話しを聞こうと思っていた。

第2レジデンス
第2レジデンス

ところが行ってみると外国人の作家さんしかいない。
片言の英語で自分がスタッフであることを伝えた。
まずは作品を紹介するとのことで作品の紹介をしていただいた(もちろん英語で)。

正確に聞き取れたかどうかはあまり自信がないが概ね、以下のようなことを説明していただいた(と思う)。

プロジェクターとマスキングテープを使った作品を展示していて、プロジェクターは日本製。
日本ではあまり見かけないプロジェクターだがヨーロッパでは結構流注しているとのことで、日本製のものはメンテナンスがしやすいと言っていた。
10台ほど持っていて、ロンドンから運んできたとのこと。

シンガポール人、イギリス人(多分)やインド人の作家さんがいてグローバルな感じだった。
イギリス人とインド人の英語はほとんど聞き取れなかったが、グーグル翻訳を使ってなんとかコミュニケーションをとることができた。

オススメのレストランを教えて欲しいと言われたが、外国の方に紹介するのは難しい。
和食がよいとのことで、和食が食べれるところになるとかなり限られてくるからだ。
最終的にはドライブイン鳥になった(和食かどうかは疑わしいがリストにあげたお店ではここが好評だった)。
時間と人数を聞いて予約(満席で予約が取れなかったが。予想以上の人気である)。

私は英語はほとんど話せないのだがなんとかなるものだ。
貴重な経験をさせていただいた。

牡蠣小屋にいってきた

糸島に移り住んで3年ほど経つが、牡蠣小屋に行ったことがなかった。
今回、初めて牡蠣小屋にいってきた。

今回は船越漁港のマルハチという牡蠣小屋に行った。
当日は雨だったが、お客さんで賑わっていた。

牡蠣は1盛り1000円。
この価格は決められており、どこの牡蠣小屋でも同じだ。

牡蠣のほかにもホタテ、ウチワエビ、サザエ、アワビなど様々な魚介が用意してある。
また、いくら丼やウニ丼、イカ丼、ネギトロ丼などの丼モノも食べることができる。
値段も格安だ。
自分はいくら丼を食べたが350円だった。

ホタテのサイズは特大でオススメだ。

牡蠣とホタテ

また、服が汚れないようにエプロンの貸し出しもある。

お腹いっぱいになるまで食べても大衆居酒屋と同じくらいの金額で楽しむことができる。
これを街中で食べたらいったいいくら取られるのだろうか。

三瀬どんぐり村にいってきた

三瀬どんぐり村に行ってきた。
三瀬どんぐり村は佐賀県の三瀬にある。
糸島からだと車で1時間ほどで着く。

多くの家族連れで賑わっていた。
広大な草原が広がっており、日常とは違った雰囲気が楽しめる。
空気もうまい。
まさに家族で来るにはうってつけの場所だ。

どんぐり村

園内では食事も楽しめる。
オススメは三瀬鶏だ。
ぜひ、一度味わってほしい。
自家醸造のワインを買うこともできる。

高校の同級生と再会。高校卒業して13年後のいま

高校時代に仲のよかった同級生2人と久しぶりに集まった。
高校を卒業してもう13年が経つ。
13年という月日は言葉にすると長く感じるが、実際はあっという間だ。
13年ぶりに再会した友は変わっておらず一目でわかった。
13年経ったがその歳月は感じず、13年前に戻ったようだった。

当時の話しや最近の仕事の話しで盛り上がった。
最近、公務員に転職したWは以前は建築系のブラック会社で働いており、連日深夜の4時頃まで働いていたらしい。
残業代は出ず休みは月に2回。
締め切りに間に合わせるために猛スピードで高速をぶっ飛ばした話しなどをしてくれて、大いに笑わせてもらった。
逆にいまの職場はきちんとしているので、そのギャップになかなか慣れないと言っていた。

13年前と自分はどこが変わったのだろうか。
結婚し子供ができ、多少白髪が増えた。
13年前の夢はプロのギタリストになることだった。
毎日ギターの練習に励んだものだ。
残念ながらその夢は叶わず、いまはどこにでもいる普通のサラリーマンである。
実はサラリーマンには絶対にならないつもりだったが、その絶対ならないと思っていたものにいまはなっているのであった。
とはいえ、サラリーマンもそれほど悪くはない。
同じ業界の仕事を8年ほどやっているとそれなりにできるようになるものだ。
このままサラリーマン道を突き詰めていくのも面白いと思う。
そして、サラリーマンの次の道を思案するのもまた面白い。

これkら13年後、自分が何をしているのかはさっぱりわからないが、13年後も友と居酒屋でおもしろ可笑しく酒を飲みたいものだ。

夏休みに実家に帰省して石碑に書かれた先祖の名前をみた

今年は山の日があり、その1日前の8月10日から夏休みが始まった。
夏休みといえば実家に帰るのが恒例だ。
私の実家は宗像市、妻は熊本市なので糸島からだと車でおよそ2時間もあれば着く。
先月熊本に帰ったので、今年は私の実家のみ帰省した。

西九州道、都市高速を乗り継いでいく。
帰省シーズンピークの8月13日に帰ったが、渋滞とは無縁だ。
下道が多少混んでいる程度だった。

途中、福津のイオンで寄り道をするのも通例だ。
10年前はこれといったものがなかったが、イオンができて一気に人が増えた印象がある。
映画館もあり、羨ましいかぎりだ。
昔は福岡市まで映画を観にいっていたものだ。

私の実家はかなりの田舎で30年後にはほとんど人がいなくなりそうなところだが、行くたびに何かが変わっている。
どんなところでも人がいるところは少なからず変化している。

以前、平均年収1億円の村で言及した人物の石碑を見にいってきた。
石碑は昔と変わらず静かにそこにあった。
石碑をつくるにあたり、寄付をしたであろう人の名前が掘ってあったが、長年の月日で劣化しており読めないものが多かった。
私と同じ苗字を見つけた。おそらくご先祖様だろう。

石碑